阿部和重「シンセミア」上下 レビュー 

阿部作品は実は初めて読んだ。各メディアで絶賛されていたが、いまひとつ。確かに凄い。力技でいくつもの「物語」をぐいぐいと進め、ラストへ収斂していく。「盗撮」「ロリコン」「不倫」「ドラッグ」モチーフは現代的だが、その現代を築いてきた伝統、先祖の歴史も忘れない。縦にも横にも繋がっていることを「盗撮」をもって容赦なく暴き、読者に見せ付ける。読者は否応なく、嫌悪感と好奇心を同時に抱きながら、多すぎる登場人物の秘密の生活を覗き見る。
もう一つ忘れてならないのは「コミュニティ」。片田舎の小さな田舎町は、閉鎖的で時としてそれ自体が修羅場と化す。疑心暗鬼の末の策略、騙しあい、裏切り、果てはとてつもない暴力。敵も味方も無ければ、勝ち負けももはやありえない。
このように書けば、この今風の長編小説がいかにも絶賛に値するように受け取れるだろう。が、どうしようもなくこの優れた小説を台無しにしているのは、作者本人が作中に登場すること、これ以外にない。勝ち負けもないはずの泥沼の暴力の応酬の中で、ちゃっかり一人勝ちしている奴がいる。私はこれほどの優れた小説が、これほどまでふざけた終わり方をしているのを見たことがない。読んだことがない。