村上春樹「アフターダーク」

感想としては、良かった。好きな部類に入る。が、少々言いたいことがあるのも事実。でも、あえて揚げ足取りな細かいことはやめる。
どうしても避けて通れないのが、語り手の視点「私たち」である。まず、浮かぶのは「私たち」とは一体だれなのか?自分(読者)を含めてよいものかどうか。仮に「私たち」が作者と読者であれば、村上さんがこの小説で最大限に読者に歩み寄ろうとしていると受け取れる。でも、私は自分を含めることができないでいる第4者だった。入りこめない点が多々あった。このために、少々混乱を来たしながら、読みすすめていった。
で、一番感情移入できたのが、私の場合、主人公のマリだった。一見普通の、どこにでもいる女の子だけど、やっぱり、彼女にも人に言えないダークネスを心に抱えている。
名前は捨てても関西弁は捨てないコオロギの助言によって、マリは救いを見出す。それは、都会の夜の闇の中に差しこむ一筋の光となって、物語に命を吹きこんでいる。ここで私も自分自身のことを思い出す。すごく、鮮明に生々しい記憶が蘇ってくる。マリだけでなく、登場人物全員が闇の部分をそれぞれ抱えて生きている。誰にでも平等に朝がやってくるところに救いがあるのかもしれない。
村上春樹が一貫してテーマにしてきたのは、一個人対社会、あるいは体制だった。一個人も社会や体制というものに内包されているという現実は、残酷であるけど安心感すらある。人と人が心を通わせること、だんだんと相手に対する警戒心がほぐれていく様を描く。もしかしたら、理由なき暴力を振るう者とも心を通せることができるかもしれない。暴力の善悪は別として(というか悪いに決まってるが)、その暴力の成り立ちを解明できるかもしれない。ただ「暴力は悪い」と否定しているだけでは、暴力は根絶できない。先日、死刑が執行されたこともあるけど、高橋くんの言う、死刑囚に対する遣り切れない気持ちがすごくわかる。もちろん、犯罪を犯す者が悪いに決まっているけど・・問題はその先にある。
村上作品の最近のテーマの一つである、「暴力」については、このところの凶悪犯罪の多発もあってか、注視していきたいと思うし、自分にも考えるところがある。ストレスのはけ口であったり、憎悪であったり、歪んだ愛(性癖)であったり、罰(復讐)であったり、あるいは暴力を暴力とする認識の欠如であったり、暴力的な衝動というものをどうやって、別方向に持っていくか。別の方向なんて代替にはならない?もしかしたら、それは欲望とか好奇心のようなものなのかもしれない。壊してみたい、めちゃくちゃにしてしまいたい、こんなことしたらどうなるのかとか。
続編があるのかないのか。ないとしても、別の形で次作品に引き継がれるのは確かだと思う。行間が広く、果てしなくなっている今回の作品、いつものようにしばらく置いて再読だなあ。多くの謎は謎のままでよいとしても。