小川洋子「ブラフマンの埋葬」

淡く静謐でシンプルでささやかな小説世界。いつもながら思う、この人の頭の中に棲みたいと。
この世界は静かで優しく淡々としていて、ちょっと気持ちの悪さがある。いつもどこかに死の香りや喪失の予感が漂っている。失うこと、失われることを意識しつつ、既に分かっている結末へと少しずつ近づいていく過程に浸って読み進む。小説を読むという醍醐味がここにある。ストーリーを楽しむというよりはその世界を愉しむ喜びがある。行間を愉しみ、敢えて書かれないことを想像する。
ブラフマンは一体どういう生き物なのか?その登場から子犬?と思いながら、数ページ後にはあっさり裏切られる。水かき?突拍子もない展開に困惑しながらも、荒唐無稽とは思わない。だって、舞台はヨーロッパの小国の小さな村といった感じだし、「僕」や「碑文彫刻師」「娘」には名前がない(ブラフマンには名前があるが)。「僕」の生い立ちや「創作者の家」の管理人という仕事に就いたいきさつなどは一切語られない。「僕」の年もわからない。おそらく「娘」よりも3,4歳上、20代前半くらいではないかと思うのだけど。
今作では、作者が得意とする「病」は描かれない。「僕」も一読した限りでは、いたって健康そうである。へんな性癖もなければ、偏屈者でもなく、ふつうに社会生活を営んでいるように見える。小説として佳作だと思うけれど、この辺がいまいち物足りないように思った。メインキャラなんだから、もう少し人物を描いても良かったのではないだろうか。あくまで主人公はブラフマンなのかもしれないが。